『科学的な適職』を読む
まとめ
- 人間はバイアスに囚われる生き物だ。そのため、バイアスに囚われないよう、手順を元にして客観的な分析することが大切
- 客観的な分析を通じてそもそも何が課題なのか、転職が本当に解決策なのかを振り返りながら、職選択が行える
視野狭窄に陥らないようにするためには
就職や転職でうまくいかない場合の 7割は視野狭窄(給料などの一部の情報で決断をしてしまうなど)という調査結果がある。 ではどうすれば視野狭窄をなくすことができるのか?
人間は生まれ持ってバイアスを持った判断をしてしまう、という性質を理解する必要がある。 バイアスとは偏った見方をしてしまうことで、具体的には下記のようなバイアスが存在している。
- 現状維持バイアス:現状から脱却したほうがよいのに、「今のままが良い」と判断してしまうバイアス。災害時にも問題になる
- インパクトバイアス:転職したら良い未来が待っているというような期待が高く、転職が成功してもあまり喜べない
- 確証バイアス:自分が信じる情報を集めたがる(自己強化)、自分の考えに合わない意見から目をそらす
- アンカリング効果:「年収1000万円」という企業があると、年収が重要な項目じゃなくてもその値に引きづられる
- 真実性の錯覚:繰り返し目にすることで「真実に違いない」と考えてしまう。『好きなことをして生きていく』などはその典型例
- サンクコスト:すでにたくさんのお金と時間を使ってしまい、メリットが見込めなくても選択にこだわり続けてしまう。特に長く働いていた職場は転職の決意が難しい
- 自己奉仕バイアス:自分のことを棚に上げてしまう。「自分はバイアスを持ちづらい」「自分は客観的に判断できる」と思ってしまう
この書籍では、人間の思考の癖を取り除き、冷静に仕事選びを行うことで、幸福度が最大化される仕事(=天職) を選べるようにすることをテーマとしている。
仕事選びにおいてハマりがちなミス
仕事選びで下記の軸で選ぶケースが多い。
- 好きを仕事にする
- 給料の多さで選ぶ
- 業界や職種で選ぶ
- 仕事の量で選ぶ
- 性格テストで選ぶ
- 直感で選ぶ
- 適性にあった仕事を選ぶ
どれもよくネットの記事で見かける選択軸だが、これらは短期的な幸福感を得られても、長期的な幸福感にはつながるとは限らない。 長期的にこれらの選択軸にどのような課題があるのかを補足する。
- 好きを仕事にする
- 好きなことを仕事にしたとしても、仕事というものの性質上好きなことだけを行いつづけることはできず、「本当に今の仕事が好きなのか」と疑念が生まれてしまう
- 仕事が好きになるのは、どれほどその仕事に時間などのリソースを費やしたかにかかってくる。天職だと考えているインタビューでも初めから天職だと思って仕事を始めたわけではなく、やっているうちに楽しくなっていたケースが大半だった
- 給料の多さで選ぶ
- 給料が増えることで得られる幸福感よりも、より体調が優れていることやパートナーと深い繋がりを持つことのほうが、得られる幸福感が大きい。そのため、給料が増えることにより必ずしも幸せになれるわけではない
- 『20代の頃より10倍金持ちになった60代の人間は簡単に見つかるが、誰もが10倍幸せになったとは言わない』- バーナード・ショー
- ある程度の資産を持つと、幸福感は資産には比例しない性質がある
- 業界や職種で選ぶ
- 有望な業界などという専門家の予測はあてにならない。あっていても長期的なスパンを見るとその業界が伸び続けるということは難しい
- 仕事の量で選ぶ
- 過酷な労働環境が健康に良くないことは間違いがないが、簡単すぎる仕事は達成感が少なくむしろストレスになる場合がある。ただし、『簡単すぎる』というのはその人のスキルに応じて変わるため、自分のスキルにあった仕事の量が良い
- 仕事の過多だけでは一概に問題があるとは言えない。それよりも、仕事の量を調整する裁量があるのかどうかがストレスに影響してくる
- 性格テストで選ぶ
- 性格テストの多くは受けるたびに結果が変わる可能性に注意が必要
- 直感で選ぶ
- 直感が正しく機能する条件は、(1)ルールが厳密に決まっている、(2)何度も練習できる、(3)フィードバックがすぐに得られる、をみたしている必要がある。さらに加えて、時間的制約がある場合に限られる
- 直感は時間的制約や情報量の制約がある中で役に立つが、うまく機能するためには将棋やチェスの早指し、災害訓練のように(2)何度も練習ができ、(3)フィードバックがすぐに得られなければならない
- 上記の性質が直感で選択することにあるため、職選びに直感は向かないことがわかる。これは職に限らず、結婚やマイホームの購入にも当てはまりそうだ。これらで失敗をした場合の反応として「自己正当化」がある
- 適性にあった仕事を選ぶ
- 適性検査のサーベイで、面接、IQテスト、ピアレーティング、インターンシップ、などの検査と仕事のパフォーマンスの相関係数をもとめた。その結果、相関の強い検査方法はないということが判明した
- 自分のスキルが活きるかは環境が変わってしまうと大きく変わる。例えば、チームメイトや上司との関係、行う業務の内容に応じて、仕事のパフォーマンスが変わってしまう。そのため、適性検査の結果だけで職選びをしてもパフォーマンスを発揮できるとは限らない
視野を広げる
人間は生まれ持ってバイアスを持っているため、そのバイアスを取り除いて合理的な選択することが、幸福感の高い職選びにつながる。
バイアスを取り除いて判断するためには、決まったプロセスにより客観的に判断することが大切なのだ。
客観的な判断をするために、仕事の幸福度は何で決まるかを列挙する(7徳目)
- 自由:仕事に裁量権があるか?
- マイクロマネジメントが部下の生産を落とす理由
- 作業のスケジュールを好きに設定できる、タスクの内容を好きに選ぶことができる、ルールに好きな意見を言える、ということが業務の自由度につながる
- 「労働時間は好きに選べるか?」「仕事のペースは社員の裁量に任せられているか?」
- 達成:仕事が前に進んでいる感触があるか?
- 『コーヒー10杯買えば、1杯が無料になる』vs『コーヒー12杯買えば、1杯が無料になる。ただし、すでにスタンプが2つ付いている』場合、後者のほうがスタンプを埋める速度が早かった。人間は進捗があるとき、先に進めたいという気持ちが現れる(前進の錯覚)
- フィードバックが早いとモチベーションアップにもつながる
- 焦点:自分のモチベーションタイプに合っているか?
- 明確:やるべきことやビジョン、評価の軸が明確か?
- 上司からの指示が一貫しない、評価の軸が不明確だと人はストレスを感じる
- 「会社に明確なビジョンはあるか? そのビジョンを実現するための仕組みは?」「人事評価はどのようにおこなわれるか? 個人の貢献と失敗を客観的に判断できる仕組みは整っているか?」
- 多様:作業の内容にバリエーションはあるか?
- 人間は宝くじで 1億当てようが、昇進しようが 1年も経つと幸福度は過去と同じレベルに下がる(インパクトバイアス)
- ピクサーは社員の飽きをなくすために、複数のスキルを学び、新しいプロジェクトで活かすように指導を始めた。社員の満足度が高いと離職率が減り、優秀な人材が引き抜かれることを減らすことができた
- 「プロジェクトの川上から川下まで関与できるか?」
- 仲間:組織内に自分を助けている人はいるか?
- 人間関係によるストレスが健康に害を及ぼす
- 「自分と仲良くなれそうな人が働いている職場か?」
- 貢献:仕事は世の中に役立っているか?
これらの項目は仕事の満足度に関するサーベイから明らかになった。
客観的に判断を行うためのプロセス
- 出来ることリストを作成する
- 今できる選択肢を列挙する。具体的には、転職する、社内で異動する、別のスキルを身につける、など
- 7徳目のうち、自分の幸福度につながるものはなにか? それを満たすための方法はなにか? を考える
- 7徳目を改善するための方法が何かを考える
- 7徳目以外で自分が幸福に感じるポイントはないかを考え、それを改善するためにはどのような職がよいか考える
これらの方法を紙などに書き出し、客観的に見ることで、冒頭で述べた 人間のバイアスを外すことができる。
バイアスを外すための手順
書籍の中では「プロトコル」と記載されているが、馴染みのある言葉でいうと「決まった手順」となりそうだ。
優秀な経営者は判断するとき、決まった手順にそって判断している。 例えば、料理するときに直感で作る料理よりも、レシピ通りに作るほうが、良い料理ができるだろう。
手順は様々なものが存在しているが、書籍に記載されている例を上げる。
- 時間操作
- 10/10/10 テスト
- その行動を起こしたときに、10分後、10ヶ月後、10年後はどうなっているかを文字に起こす。これによって、刹那的な判断を防ぐことが出来る(長いスパンで見ると、そもそも「職を変えるべきか」が課題ではないなど)
- プレモーテム:ポストモーテム(検死)の反対に、「事前にどうなるかを考える」手法。生前葬と似ている。
- 実際に転職したが大きな失敗に終わってしまった場合は、どのような状態になるかを紙に書き出す。さらに、なぜ失敗につながってしまったのかを分析することで、事前に問題となるポイントを考慮することが出来る。例えば、「業務量が多く、家庭環境が悪化した」が失敗だとすると「事前に業務量は確認できなかったのか、業務量は調整できる職場だと確認しなかったのか」という対策が出てくる
- できるだけ具体的に失敗のイメージを行えると、より適切な対応策が打てる
- 10/10/10 テスト
- 視点操作
- イリイスト転職ノート
- 古代ローマの政治家ユリウス・カエサルは自らの行動を三人称で表現した。人は他人へは的確なアドバイスができるが、自分に対しては適切にアドバイスできない(自己奉仕バイアス)
- 自分の意思決定を三人称で記載することにより、客観的なものの見方がしやすい
- 親しい人のアドバイス
- イリイスト転職ノート
ジョブ・クラフティングで今の仕事を再定義する
ここまでの分析をすると今の仕事について客観的な見方が行なえ、その結果、実はあまり悪い選択ではないということに気づくことがある。
その場合、ジョブ・クラフティングという手法で今の仕事を客観的に見つめ直し、仕事の多幸感を増すことができる。 ジョブ・クラフティングは、
- 行っている業務の時間の割合を出す
- なぜ各業務を行っているのか(動機)、その業務でどのようなスキルを磨きたいのか(嗜好)を記載する
- 各業務に対して、より高次な目的を考える
- 目的を達成するために、現在の業務をどう変えるかアクションプランを考える
という手順で実施できる。 業務の棚卸しやマネジメント(1on1) の際にも活用できる。
感想
人間はバイアスにとらわれてしまうため、手順に基づいて判断することの大切さを認知した。
自分もソフトウェアエンジニアとして、基本的に自分を含めた人間の判断をあてにしないことがある。そのために、手順を残し、それに基づいて作業したりする。 そのほうが、手順自体を見直すことができるし、他人に移譲することが簡単だからだ。
この書籍は職選びがテーマになっているが、課題解決の方法論として適用範囲はとても広いと感じた。