測度とは何か
確率論を学ぶと「確率空間」「可測関数」という言葉に出会い、微積分を学び直すと「ルベーグ積分」「ほとんどいたるところ」という言葉に出会う。どちらも根っこにあるのは「測度(measure)」という同じ概念だが、確率と微積分をそれぞれ別々に学んでいると、両者が同じ土台の上に立っていることに気づきにくい。
この記事では、測度とは何かを直感から出発して定義し、それが微積分(リーマン積分の限界とルベーグ積分)と確率論(コルモゴロフの公理化)のそれぞれでどう使われているかを対比しながら整理する。
結論
- 測度とは、「長さ・面積・体積」を抽象化し、集合に対して
大きさを割り当てる関数のこと。ただし足し算の一貫性(可算加法性)を満たす必要がある - 測度を定義できる対象($\sigma$-加法族)は、距離空間・位相空間が持つ「近さ」の構造(開集合・近傍)から、ボレル $\sigma$-加法族という形で自然に立ち上がる
- 積分とは、被積分関数の値ごとに定義域を分割し、その集合の
測度で重み付けして足し合わせる操作だと捉え直せる - ルベーグ積分は、測度の言葉で微積分の積分を再定義したものであり、リーマン積分よりも広いクラスの関数を扱える
- 確率論は、全体の測度がちょうど $1$ になるよう正規化した測度(確率測度)として定式化される(コルモゴロフの公理、1933年)
- 確率変数の期待値は、確率測度に関するルベーグ積分そのものであり、確率密度関数はルベーグ測度に対する確率測度の「密度」(ラドン・ニコディム微分)にあたる
- 微積分の「ほとんどいたるところ(a.e.)」と確率論の「ほとんど確実に(a.s.)」は、どちらも「測度0の集合を除いて成り立つ」という同じ概念の言い換えにすぎない
前提
- 対象読者: 微積分(積分)と確率(確率変数、期待値)の基本用語は知っているが、その裏にある「測度」という共通の土台を体系的に理解したい人
- ねらい: 測度論の厳密な証明を追うことではなく、微積分と確率がどちらも「測度」という同じ枠組みの特殊ケースであることを腹落ちさせること
- 前提知識: 集合、写像、極限、積分の初歩的な感覚があれば読み進められる
「大きさ」を測るという操作の一般化
区間 $[a, b]$ の長さは $b - a$、長方形の面積は縦×横というように、私たちは素朴な図形については「大きさ」の測り方をすでに知っている。測度論がやろうとしているのは、この「大きさを測る」という操作を、もっと複雑で抽象的な集合にまで一般化することだ。
たとえば次のような集合の「大きさ」をどう定義すればよいだろうか。
- $[0, 1]$ に含まれる有理数全体の集合
- コイン投げを無限回続けたとき、表の出る割合が $1/2$ に収束するという事象全体の集合
- ある関数が連続でない点全体の集合
これらはもはや区間や長方形のような素朴な図形ではないが、「大きさ」(測度0なのか、測度が正なのか、あるいは確率としてどれくらいの重みを持つのか)を問うこと自体には意味がある。測度論は、この問いに答えるための共通の枠組みを提供する。
測度空間の定義
測度を厳密に定義するには、まず「どの集合に対して大きさを測ることを許すか」を決めておく必要がある。
$\sigma$-加法族: 測ってよい集合の集まり
集合 $X$ の部分集合からなる集まり $\Sigma$ が、次の3条件を満たすとき $\sigma$-加法族($\sigma$-algebra)と呼ぶ。
- $X \in \Sigma$
- $A \in \Sigma$ ならば、その補集合 $A^c \in \Sigma$
- $A_1, A_2, \dots \in \Sigma$ ならば、可算和 $\bigcup_{i=1}^{\infty} A_i \in \Sigma$
$\Sigma$ に属する集合を可測集合と呼ぶ。ポイントは、あらゆる部分集合に大きさを定義できるとは限らないということだ。選択公理を認める通常の集合論(ZFC)のもとでは、実数直線 $\mathbb{R}$ 上に「長さ」を矛盾なく割り当てられない集合(非可測集合、たとえばヴィタリ集合)の存在が知られている。だからこそ、測る対象をあらかじめ $\sigma$-加法族という形で制限しておく必要がある。
補足: 「族」とは何か
まず「族」という言葉自体を確認しておく。数学で族(family)と言った場合、単に「何かの集まり」、特に「集合を要素とする集合」を指すことが多い。たとえば集合 $X = \{1, 2, 3\}$ の部分集合をいくつか集めた
は、$X$ の部分集合の族の一例だ。$\Sigma$ 自体もひとつの集合だが、その要素($\emptyset$、$\{1\}$、$\{2, 3\}$、$\{1, 2, 3\}$)がどれも「$X$ の部分集合」という共通の性質を持つ集まりであることを強調したいときに、「族」という呼び方を使う。「集合の集合」と言うと紛らわしいので、慣習的にこう呼ぶ、という程度の理解でよい。族という言葉そのものには、まだ何の構造も要求されていない。
補足: 「加法族」とは何か
族の中でも、集合演算について閉じている(演算した結果が再びその族の中に入る)ものには特別な名前がついている。部分集合の族 $\Sigma$ が次を満たすとき、$\Sigma$ を加法族(集合代数、algebra of sets)と呼ぶ。
- $X \in \Sigma$
- 補集合で閉じている($A \in \Sigma \Rightarrow A^c \in \Sigma$)
- 有限個の和集合で閉じている($A, B \in \Sigma \Rightarrow A \cup B \in \Sigma$)
「加法」という名前がついているのは、測度を定義したときに互いに素な $A, B$ について $\mu(A \cup B) = \mu(A) + \mu(B)$ という「足し算」を成立させたいなら、その前提として $A \cup B$ 自身も測ってよい集合($\Sigma$ の要素)でなければならない、という要請から来ている。和集合で閉じているという性質こそが、「大きさの足し算ができる」ための土台になっている。
本文中で扱う $\sigma$-加法族は、この加法族の条件のうち「有限個の和集合」を「可算(可付番)無限個の和集合」まで拡張したものだ。$\sigma$ という記号は、ドイツ語で「和」を意味する Summe に由来し、「可算無限個の演算まで許す」ことを示す慣習的な記法として使われる。有限個の和集合にしか閉じていない普通の加法族では、可算無限個の集合を合わせた $\bigcup_{i=1}^{\infty} A_i$ が $\Sigma$ に入っている保証がなく、無限級数としての可算加法性 $\mu\left(\bigcup_i A_i\right) = \sum_i \mu(A_i)$ を定義しようにも、左辺の $\bigcup_i A_i$ 自体が測ってよい集合かどうか分からない。$\sigma$-加法族はこの穴を埋め、可算無限個の演算についても矛盾なく測度を定義できるようにする枠組みだ。
条件を文章で読むだけだとイメージしにくいので、実際に手を動かして「閉じている」とはどういうことかを確かめられるようにした。$X = \{1, 2, 3\}$ という小さな集合で試せば、部分集合は8通りしかないので全部の組み合わせを見渡せる。
全部で 2³ = 8 通りある X = {1, 2, 3} の部分集合から、クリックして「族」Σ を作ってみよう。テコ入れが必要な集合(=閉じているために足りない集合)はオレンジの点線で光る。
※ X が有限集合のときは、部分集合も有限個しかないので「有限個の和集合で閉じる(加法族)」と「可算無限個の和集合で閉じる(σ-加法族)」は同じ条件になる。σ の意味が本当に効いてくるのは、 X が無限集合(たとえば実数直線)のときだけだ。
「例: 一部だけ選ぶ」を押すと $\{\emptyset, \{1\}, \{3\}, X\}$ が選ばれる。$\{1\}$ の補集合 $\{2, 3\}$ と $\{3\}$ の補集合 $\{1, 2\}$、さらに $\{1\}$ と $\{3\}$ の和集合 $\{1, 3\}$ が足りないために、加法族になっていないことがわかる。「自動で足りない集合を補って閉じさせる」を押すと、その3つが実際に補われて閉じる様子をアニメーションで確認できる。
補足: なぜすべての部分集合には長さを割り当てられないのか(ヴィタリ集合)
「$\mathbb{R}$ 上に長さを矛盾なく割り当てられない集合が存在する」ことは、具体的には次のような構成(ヴィタリ集合、1905年)によって示される。
0以上1未満の半区間を $I = \{x \in \mathbb{R} : 0 \le x < 1\}$ とし、この $I$ 上に「差が有理数かどうか」で同値関係を定める。
$$x \sim y \iff x - y \in \mathbb{Q}$$この同値関係は $I$ を、可算個の要素からなる同値類(1つの同値類の中身が可算個しかないのは、$\mathbb{Q}$ 自体が可算だから)に分割する。選択公理を使って、それぞれの同値類から代表点を1つずつ選び出し、それを集めた集合を $V$(ヴィタリ集合)とする。
$I$ に含まれる有理数 $q$ それぞれについて、$V$ を $q$ だけ($1$ を法として)平行移動した集合 $V_q = (V + q) \bmod 1$ を考えると、次の2つが成り立つ。
- $V_q$ 同士は互いに素: 同じ元が $V_q$ と $V_{q'}$($q \ne q'$)の両方に入っていたら、$V$ の中の2点が同じ同値類の代表点として重複してしまい、代表点を1つずつ選んだことに矛盾する
- $I$ の任意の点は、どれかの $V_q$ に含まれる: その点が属する同値類の代表点は $V$ の中にあり、有理数だけずらせばその点に戻ってこられる
つまり、可算個の $V_q$ をすべて合わせると $I$ 全体になり、しかも互いに素だ。
ここで $V$ に長さ $\lambda(V) = c$ が矛盾なく定義できたと仮定する。長さは平行移動しても変わらないはず(平行移動不変性)なので、$\lambda(V_q) = c$ もすべての $q$ で成り立つ。互いに素な集合の可算和の長さは、各々の長さの和になるはず(可算加法性)なので
$$\lambda(I) = \sum_{q} \lambda(V_q) = \sum_{q} c$$が成り立つはずだ。ところが右辺は、$c = 0$ なら $0$、$c > 0$ なら $\infty$ にしかなりえない。一方、左辺は $\lambda(I) = 1$ のはずだ。$0 = 1$ も $\infty = 1$ もありえないので、これは矛盾になる。
「平行移動しても長さが変わらない」「互いに素な可算個の集合の長さは足し算できる」という、長さについて誰もが期待する2つの性質を両方満たしたまま $V$ に長さを割り当てようとすると、必ずこの矛盾が起きる。だから $V$ は非可測とするしかなく、$\sigma$-加法族(可測集合の集まり)からあらかじめ除外しておく必要がある。
測度の定義
$\sigma$-加法族 $\Sigma$ 上の関数 $\mu: \Sigma \to [0, \infty]$ が次の2条件を満たすとき、$\mu$ を測度と呼ぶ。
- $\mu(\emptyset) = 0$
- 可算加法性($\sigma$-加法性): 互いに素な集合列 $A_1, A_2, \dots \in \Sigma$ に対して
組 $(X, \Sigma, \mu)$ を測度空間と呼ぶ。可算加法性は、「バラバラな部分の大きさを足し合わせたものが、全体の大きさと一致する」という、直感的にはごく自然な要請だ。しかしこれを可算無限個の集合についてまで要求する点が、測度論を厳密な理論として成立させる核になる。
この「互いに素」という条件がなぜ必要なのか、そして「可算無限個」まで足し算を広げるとはどういうことかを、実際に手を動かして確認できるようにした。
64マスの正方形を X とみなす(全体の大きさ μ(X) = 1)。マスをクリックして A・B に色を塗り、大きさがどう足し算されるか確かめてみよう。
区間 [0, 1) を「残り半分をまた半分に」で無限に分割していく。A₁ = [0, 1/2)、A₂ = [1/2, 3/4)、A₃ = [3/4, 7/8) … と続けると、有限段階では常に1未満だが、可算無限個をすべて合わせるとちょうど1になる。
「有限個の場合」タブでは、AとBが重ならない(排反な)ときだけ $\mu(A \cup B) = \mu(A) + \mu(B)$ が成り立ち、重なりがあると重複してカウントしてしまう分だけずれることを面積で確認できる。「可算無限個の場合」タブでは、区間を半分・また半分…と無限に分割していく古典的な例で、可算加法性の右辺 $\sum_{i=1}^{\infty} \mu(A_i)$ が有限段階では常に1未満でも、無限個すべてを合わせるとちょうど1に収束することを確認できる。
この定義自体には「長さ」も「確率」も出てこない。測度空間はあくまで抽象的な枠組みであり、以下で見るように、この枠組みに何を当てはめるかによって微積分にもなれば確率論にもなる。
位相空間・距離空間と測度: 「近さ」の構造から測度が生まれるまで
測度空間の定義そのものは抽象的で、具体的にどんな $\sigma$-加法族を使えばよいかまでは教えてくれない。実は、私たちが実数直線 $\mathbb{R}$ で普段使っている $\sigma$-加法族は、距離空間・位相空間が持つ「近さ」の構造から自然に作られている。
位相空間: 距離を使わずに「近さ」を扱う
距離を使わずに「近さ」や「連続性」を扱う枠組みが位相空間だ。集合 $X$ の部分集合の族 $\mathcal{O}$ が次の3条件を満たすとき、$\mathcal{O}$ を $X$ 上の位相と呼び、$\mathcal{O}$ の要素を開集合と呼ぶ。
- $\emptyset, X \in \mathcal{O}$
- 任意個の開集合の和集合は開集合(任意個の合併で閉じている)
- 有限個の開集合の共通部分は開集合(有限個の共通部分で閉じている)
点 $x$ を含む開集合 $U$ を含むような集合 $N$(つまり $x \in U \subseteq N$ となる開集合 $U$ が存在する集合 $N$)を、$x$ の近傍(neighborhood)と呼ぶ。近傍は「その点の周りにある、ある程度の広がりを持った領域」というイメージで捉えるとよい。位相空間では、収束や連続性はすべて近傍を使って定義される。たとえば点列 $x_n$ が $x$ に収束するとは、$x$ のどんな近傍を選んでも、十分先の $x_n$ がすべてその近傍に入ることをいう。距離という数値をまったく使わずに「近さ」を語れる点が、位相空間の強みだ。
距離空間: 数値としての近さ
距離空間は、位相空間よりも具体的な枠組みだ。集合 $X$ 上の関数 $d: X \times X \to \mathbb{R}_{\ge 0}$ が次を満たすとき、$d$ を距離と呼び、$(X, d)$ を距離空間と呼ぶ。
- $d(x, y) = 0 \iff x = y$
- $d(x, y) = d(y, x)$(対称性)
- $d(x, z) \le d(x, y) + d(y, z)$(三角不等式)
距離空間では、点 $x$ を中心とする半径 $r$ の開球 $B(x, r) = \{y \in X : d(x, y) < r\}$ を基本単位として、「開球の(任意個の)和集合として書ける集合」を開集合と定義すれば、自然に位相空間になる。つまり距離空間は必ず位相空間でもある。実数直線 $\mathbb{R}$ でおなじみの距離 $d(x, y) = |x - y|$ が誘導する位相が、私たちが普段イメージする「開区間の集まり」としての位相にほかならない。
ボレル $\sigma$-加法族: 開集合から測ってよい集合を作る
位相(開集合の族)は、任意個の和集合と有限個の共通部分で閉じているが、補集合では閉じていない。つまり位相それ自体は $\sigma$-加法族ではない。そこで、すべての開集合を含む最小の $\sigma$-加法族を考える。これをボレル $\sigma$-加法族(Borel $\sigma$-algebra)と呼び、$\mathcal{B}(X)$ と書く。「開集合をすべて含み、補集合と可算和でも閉じている最小の集まり」なので、開集合はもちろん、閉集合(開集合の補集合)、可算個の開集合の共通部分、可算個の閉集合の和集合なども、すべてボレル集合になる。
実数直線 $\mathbb{R}$ の場合、距離 $d(x, y) = |x - y|$ が誘導する開区間の位相から生成されるボレル $\sigma$-加法族 $\mathcal{B}(\mathbb{R})$ が、ルベーグ測度を考えるときの標準的な出発点になる。実際には、ボレル集合に加えて「測度0の集合のあらゆる部分集合」まで測ってよい対象を広げたルベーグ可測集合(ボレル $\sigma$-加法族の完備化)を使うのが一般的だが、両者の違いは測度0の集合まわりの細部にとどまり、実用上は「開集合や閉集合から作れる集合はすべて測れる」と考えて差し支えない。
まとめると、距離空間 $\to$ 位相空間(距離から誘導される開集合の構造) $\to$ ボレル $\sigma$-加法族(開集合から生成される測ってよい集合の集まり)という流れで、「近さ」の構造から「測ってよい集合の集まり」が自然に立ち上がる。
| 構造 | 与えられるもの | 生まれるもの |
|---|---|---|
| 距離空間 $(X, d)$ | 2点間の距離 $d(x, y)$ | 開球を基本単位とする位相 |
| 位相空間 $(X, \mathcal{O})$ | 開集合の族 $\mathcal{O}$、各点の近傍 | 収束・連続性の概念 |
| ボレル $\sigma$-加法族 $\mathcal{B}(X)$ | 開集合をすべて含む最小の $\sigma$-加法族 | 測度を定義できる対象の集まり |
距離空間や位相空間の構造がなくても測度空間そのものは定義できる(測度空間の定義は、位相や距離を一切前提にしていない)。ただし $\mathbb{R}$ 上のルベーグ測度のように、私たちが日常的に使う測度のほとんどは、距離空間・位相空間が持つ「近さ」の構造を、ボレル $\sigma$-加法族という形に取り込んで作られている。
微積分と測度: ルベーグ測度とルベーグ積分
まずは測度空間の枠組みを実数直線 $\mathbb{R}$ に当てはめ、「長さ」の一般化としての測度を見る。
ルベーグ測度: 「長さ」の一般化
区間 $(a, b)$ の長さを $b - a$ とするのは自然な出発点だ。任意の集合 $A \subseteq \mathbb{R}$ に対して、$A$ を覆う可算個の開区間の長さの和の下限として、外測度を定義する。
$$\mu^*(A) = \inf \left\{ \sum_{i=1}^{\infty} (b_i - a_i) \;\middle|\; A \subseteq \bigcup_{i=1}^{\infty} (a_i, b_i) \right\}$$この外測度が可算加法性を満たすように可測集合を選び直したものがルベーグ可測集合であり、その上での測度がルベーグ測度だ。区間については $\mu((a, b)) = b - a$ となり、素朴な「長さ」の直感と一致する。ルベーグ可測集合は、前章で見たボレル $\sigma$-加法族 $\mathcal{B}(\mathbb{R})$ (開区間の位相から生成される $\sigma$-加法族)に、測度0の集合の部分集合まで加えて完備化したものにあたる。
リーマン積分の限界
微積分で最初に習う積分(リーマン積分)は、定義域を細かく分割し、各小区間での関数値と区間の幅をかけて足し合わせる、というリーマン和の極限として定義される。
$$\int_a^b f(x)\, dx = \lim_{\|\Delta\| \to 0} \sum_{i} f(x_i^*) (x_i - x_{i-1})$$この方法は素朴で扱いやすい一方、次のような関数ではうまくいかない。ディリクレ関数
$$f(x) = \begin{cases} 1 & x \in \mathbb{Q} \\ 0 & x \notin \mathbb{Q} \end{cases}$$を $[0, 1]$ 上で考える。どんなに定義域を細かく分割しても、各小区間には有理数と無理数の両方が必ず含まれるため、上リーマン和・下リーマン和はそれぞれ常に $1$、$0$ になり、両者が一致しない。つまりこの関数はリーマン積分不可能だ。
ルベーグ積分: 値域を分割する
ルベーグ積分は発想を逆転させる。定義域を分割するのではなく、値域を分割し、それぞれの値をとる定義域側の集合の測度で重み付けする。
まず単関数(有限個の値しかとらない関数)$\varphi = \sum_{i=1}^{n} c_i \, \mathbb{1}_{A_i}$($A_i$ は可測集合、$\mathbb{1}_{A_i}$ は指示関数)に対して積分を
$$\int \varphi \, d\mu = \sum_{i=1}^{n} c_i \, \mu(A_i)$$と定義し、一般の関数はこの単関数による近似として積分を定義する。
この定義に沿ってディリクレ関数を積分すると、$f = 1 \cdot \mathbb{1}_{\mathbb{Q} \cap [0,1]} + 0 \cdot \mathbb{1}_{[0,1] \setminus \mathbb{Q}}$ であり、$[0, 1]$ に含まれる有理数全体は可算集合なので、ルベーグ測度は $\mu(\mathbb{Q} \cap [0, 1]) = 0$ となる(可算加法性より、1点の測度が0の集合を可算個足しても0のまま)。したがって
$$\int_{[0,1]} f \, d\mu = 1 \cdot 0 + 0 \cdot 1 = 0$$とルベーグ積分は矛盾なく計算できる。リーマン積分では「定義域側をどう割っても値が確定しない」ことが問題だったが、ルベーグ積分は「値ごとに定義域側の集合の大きさを測る」ことで、この問題を回避している。
リーマン積分とルベーグ積分の関係
有界区間上の有界関数については、次の関係が成り立つ。
- リーマン積分可能ならば、ルベーグ積分可能であり、値も一致する
- 逆は成り立たない(ディリクレ関数がその反例)
- ルベーグの可積分条件: 有界関数 $f$ が $[a, b]$ 上でリーマン積分可能であるための必要十分条件は、$f$ の不連続点全体の集合がルベーグ測度0であること
つまりルベーグ積分は、リーマン積分の単なる別解法ではなく、測る対象を測度0の集合の違いを無視して扱えるように拡張した積分だと言える。
アニメーションで比較する: 定義域分割と値域分割
同じ関数を「定義域方向に分割する(リーマン)」か「値域方向に分割する(ルベーグ)」かの違いは、言葉で説明するよりも実際に動かして見るほうがつかみやすい。タブで分割方法を切り替え、スライダーで分割数 $N$ を変えると、色分けされた領域と近似値がどう変わるかを確認できる。
近似値 - Nを大きくすると、どちらの分割方法でも同じ値に近づいていく。
N を増やしていくと、リーマン分割・ルベーグ分割のどちらでも近似値が同じ値へ収束していく。この「分割の仕方は違うのに、同じ値に収束する」という事実こそが、両者が本質的には同じ積分を異なる方法で計算しているにすぎないことを表している。
ほとんどいたるところ(a.e.)
ルベーグ積分の枠組みでは、「測度0の集合上でどうなっているかは積分の値に影響しない」ことが頻繁に使われる。この事実から、「測度0の集合を除いて、ある性質が成り立つ」ことをほとんどいたるところ(almost everywhere, a.e.)成り立つと表現する。たとえばディリクレ関数は、ほとんどいたるところ $0$ である(例外は測度0の有理数全体だけ)。
確率と測度: コルモゴロフの公理
次に、同じ測度空間の枠組みを、今度は「不確実性」を扱うために使う。
確率空間 $(\Omega, \mathcal{F}, P)$
アンドレイ・コルモゴロフは1933年、確率論を測度論の言葉で公理化した。確率空間は次の3つ組として定義される。
- $\Omega$: 標本空間。起こりうる結果全体の集合
- $\mathcal{F}$: $\Omega$ 上の $\sigma$-加法族。確率を測ってよい「事象」の集まり
- $P$: $\mathcal{F}$ 上の測度で、次を満たすもの(
確率測度)
つまり確率測度とは、全体の大きさがちょうど1になるように正規化した測度にほかならない。可算加法性の要請もそのまま引き継がれる。互いに排反な事象 $A_1, A_2, \dots$ について
が成り立つことは、確率論の教科書で最初に習う「排反事象の確率は足せる」という規則そのものだ。これがルベーグ測度の可算加法性と同じ公理から来ていることが、測度論を通すと見えてくる。
確率変数は可測関数
確率変数 $X$ は、直感的には「試行の結果に数値を対応させるもの」だが、測度論的には可測関数として定義される。
「可測関数である」という条件は、「$X$ がある値以下になる」という集合が、確率を測ってよい事象($\mathcal{F}$ の要素)としてきちんと定義されている、という要請にすぎない。これは微積分での可測関数の定義(値域の区間の逆像が可測集合になる)と全く同じ形をしている。
期待値はルベーグ積分
確率変数 $X$ の期待値は、確率測度 $P$ に関するルベーグ積分として定義される。
$$E[X] = \int_{\Omega} X(\omega) \, dP(\omega)$$離散確率変数であれば、この積分は見慣れた和 $E[X] = \sum_i x_i \, P(X = x_i)$ に一致する。連続確率変数であれば、密度関数 $f(x)$ を使った
$$E[X] = \int_{-\infty}^{\infty} x \, f(x) \, dx$$に一致する。どちらも「単関数の積分の極限として一般の関数の積分を定義する」というルベーグ積分の構成をそのまま踏襲している。
確率密度関数とラドン・ニコディム微分
「確率密度関数」という言葉は、ルベーグ測度と確率測度の関係として理解できる。確率測度 $P$ がルベーグ測度 $\lambda$ に対して絶対連続(ルベーグ測度0の集合には確率も0を割り当てる)であるとき、ラドン・ニコディムの定理により、ある関数 $f$ が存在して
と書ける。この $f$ が確率密度関数だ。つまり密度関数とは、確率測度をルベーグ測度で「割った」比率であり、微積分の言葉と確率論の言葉をつなぐ橋渡し役になっている。
一様分布はこの関係がもっとも直接的に見える例だ。区間 $[0, 1]$ 上の一様分布は、$[0, 1]$ に制限したルベーグ測度そのものであり、確率測度と長さの測度が完全に一致する。
ほとんど確実に(a.s.)
確率論では、「測度0(確率0)の事象を除いて、ある性質が成り立つ」ことをほとんど確実に(almost surely, a.s.)成り立つと表現する。これは微積分の「ほとんどいたるところ(a.e.)」と、測度論的にはまったく同じ概念だ。呼び方が分野ごとに違うだけで、「例外は測度0の集合に押し込めてよい」という考え方は共通している。
対応表で見る: ルベーグ測度と確率測度
ここまでの対応関係を1つの表に整理すると、微積分と確率論がどちらも同じ測度空間の枠組みの特殊ケースであることが見えやすくなる。
| 概念 | 微積分・実解析(ルベーグ測度) | 確率論(確率測度) |
|---|---|---|
| 台集合 | $\mathbb{R}$ や $\mathbb{R}^n$ | 標本空間 $\Omega$ |
| $\sigma$-加法族の要素 | ボレル集合・ルベーグ可測集合 | 事象(event) |
| 測度の値域 | $[0, \infty]$(非有界) | $[0, 1]$(正規化済み) |
| 全体の測度 | $\mu(\mathbb{R}) = \infty$ | $P(\Omega) = 1$ |
| 可測関数 | 可測関数 $f$ | 確率変数 $X$ |
| 積分 | $\int f \, d\mu$(面積・体積) | $E[X] = \int X \, dP$(期待値) |
| 密度 | 関数 $f(x)$ | 確率密度関数 $f(x) = dP/d\lambda$ |
| 例外集合の扱い | ほとんどいたるところ(a.e.) | ほとんど確実に(a.s.) |
表の中で唯一本質的に違うのは「全体の測度」の行だ。ルベーグ測度は $\mathbb{R}$ 全体を測ると無限大になるのに対し、確率測度は必ず $1$ に正規化されている。この正規化の有無を除けば、両者は同じ公理($\sigma$-加法性)を満たす測度として、まったく同じ理論的な扱いを受ける。
図で見る全体像
測度論を頂点に置くと、微積分側の実解析と確率論は、同じ測度空間の理論を異なる対象に適用した枝として位置づけられる。図中のノードにカーソルを合わせる(キーボード操作ならタブキーで移動する)と、それぞれの意味が下の説明欄に表示される。
図中のノードにカーソルを合わせる(またはタブキーで移動する)と、それぞれの意味がここに表示される。
破線の矢印は、ラドン・ニコディム微分を通じて確率密度関数がルベーグ測度と確率測度をつなぐ関係を表す。実線は「一般の測度論を特定の対象に適用する」という具体化の関係を表し、線に沿って動く点はその適用の向きをアニメーションで示している。
注意点
- この記事で扱った測度は基本的に有限測度・$\sigma$-有限測度を前提にした素朴な説明であり、測度論の教科書にある完備化や外測度の厳密な構成はかなり簡略化している
- ラドン・ニコディムの定理が使えるのは、確率測度がルベーグ測度に対して絶対連続な場合に限られる。離散分布や特異な分布(カントール分布など)ではこの形の密度関数は存在しない
- 「ほとんどいたるところ」「ほとんど確実に」はどちらも測度0の例外を無視できることを意味する。ただし測度0だからといって空集合とは限らない点には注意が必要だ(有理数全体のように、可算集合はルベーグ測度0だが空ではない)
- 非可測集合の存在は選択公理と関係しており、
ZFCのもとでの結果であることに留意する(選択公理と非可測集合の関係は「数学の全体像を俯瞰する」の記事も参照)
まとめ
- 測度とは、集合に「大きさ」を割り当てる関数で、可算加法性を満たすもの。$(X, \Sigma, \mu)$ の組を測度空間と呼ぶ
- ルベーグ測度は「長さ」の一般化であり、ルベーグ積分はこの測度を使って「値域を分割し、対応する定義域の集合の測度で重み付けする」ことで積分を定義し直したもの
- リーマン積分では扱えない関数(ディリクレ関数など)も、測度0の集合を無視できるルベーグ積分では扱える
- 確率論はコルモゴロフの公理によって、全体の測度が $1$ になるよう正規化した測度(確率測度)として定式化される。確率変数は可測関数、期待値はルベーグ積分にあたる
- 確率密度関数は、確率測度をルベーグ測度で「割った」比率(ラドン・ニコディム微分)として理解でき、これが微積分と確率論の言葉をつなぐ
- 「ほとんどいたるところ(a.e.)」と「ほとんど確実に(a.s.)」は、どちらも測度0の集合を例外として無視できるという同じ考え方の言い換え
参考
- A. N. Kolmogorov, “Foundations of the Theory of Probability”, Chelsea Publishing Company(原著は1933年のドイツ語版)
- 伊藤清三『ルベーグ積分入門』裳華房
- 猪狩惺『実解析入門』岩波書店
- Walter Rudin, “Real and Complex Analysis”, McGraw-Hill
- 舟木直久『確率論』朝倉書店
- Patrick Billingsley, “Probability and Measure”, Wiley
- 内田伏一『集合と位相』裳華房
- G. Vitali, “Sul problema della misura dei gruppi di punti di una retta”, 1905(ヴィタリ集合の原論文)